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いろんな意味でギリギリ

32歳厄年のメルボルンワーホリ日記。

三十路で海外に住みたくなってしまった私の選択肢②日本語パートナーズ

ギリホリ@メルボルン 英語 シンガポール

今日は暑いから引きこもろう。そんな決意を毎日してます。めがねです。

30歳の時にイギリスに旅行して、もう私絶対ここに住む。と決意したわけですが、

irogiri.hatenablog.com

絶対当たると信じて疑わなかったイギリスのワーホリビザに外れ、

irogiri.hatenablog.com

しばらく放心状態の日々が続きました。
ただもうイギリス行くって決めた時点で会社は辞めようと思っていたので、ワーホリビザ外れたあたりで、誰か後任の人探してほしいっていう話をこっそり直属の上司にしていたのが、同僚の耳に入り、辞めるの?って聞かれて、いつか海外に行こうとは思ってるって話したら、噂は広がり、偉い人の耳にも入り、

もう辞めるしかないやんwww勝手に辞めるフラグ立てんといてwww

みたいな感じになったのが2015年4月頃でした。フライング辞める宣言ww

辞めたい話は心の中にとどめておくか、本当に信用できる人だけにしましょう←
この噂話のせいで昇給少なかったっていう話をわざわざしてくれた上司に乾杯!!聞きたくなかったよ☆
ただ、すぐに辞められる状況でもなかったので、ありがたいことに(?)引き止められ、ちょっといい条件を出されたので、まあそれもありかと思って、続けることにしたら、その条件撤回されるっていう悲劇起きたけどねwww

そう。私は騙されがちな女←

気持ち的にはもう辞めるしかないし、イギリスは外れたけど、海外に住んだことないっていうコンプレックスは心のどこかでずっとあったから、とにかく海外に住んでみよう!!英語できます。って自信もって言いたいし!!って切り替えたのがこのあたり。
で、ワーキングホリデー協会の無料セミナーに参加してみたり(ググれば出てくるレベルの情報しかなかったよ☆)、ぐだぐだしたり、なんか方法ないかなーって考えたり、ぐだぐだしたり、という時期をだらだらと過ごしました。

ちなみにワーキングホリデー「協会」ってついてるから、なんか正式な組織かと思いきや、ワーホリに特化したただの留学エージェントなので注意

その時に思い出したのがタイトルにある日本語パートナーズでした。
2015年10月
日本語パートナーズで東南アジア
・20歳~69歳
・期間は派遣先によりさまざま(半年~1年くらい)
・現地日本語教員のアシスタント業務
・生活費(12万~15万くらい)、住居、渡航費用等支給あり
詳細情報はこちら:日本語パートナーズ | 国際交流基金アジアセンター

このページ死ぬほど見にくいと思うのは私だけでしょうか←

思い出したっていうのは友達が転職活動してた時に、こんなんあったで!行ってみれば?って教えてくれたことがあったから。*その時は仕事もそんなにいやじゃなかったし、いつか機会があればなーくらいだった。
イギリス以外のワーホリが全くピンと来なかったのと、前に聞いてた情報が今ここでつながるなんて運命やん!!って信じて、早速説明会に参加して、2015年10月に応募。
ワーホリ行ってプラプラするより、日本語教えるとか目的あっていったほうがええやん!!しかも住居提供されて滞在費ももらえるなんて最高やん!!ワーホリしてましたって書類の時点で落とされるやつやん!!←偏見ではなく実際ある。そして私はその分類に入ってしまった←
派遣先は東南アジアの国なんやけど、自分で応募したい国が選べるスタイル。私は英語を頑張りたいと思っていたので、シンガポール一本釣りで応募。

採用1名。←無理ゲー

英語がんばりたいのもあったけど、サバイバル生活はもうできないと思って、シンガポール以外の選択しなかったww東南アジアの田舎での生活を知りすぎてた←
マレーシアの田舎のシャーマンの家にホームステイしたのが19歳の時。トイレは穴で、お風呂は桶に入った冷水のみ。なぜかたまに緑のホースから直接浴びさせてくれることがあったけどw基本的に食中毒で調子が悪く、ナチュラルに道で吐いてた。慣れたもんだったwこんなん30超えてからできるわけない。と思ってシンガポールにしました。
実際、説明会では冷水でシャワーしたりっていう話が出てた。シャーマンの家に滞在した話はなかった←
書類選考結果はメールで通知で11月中旬書類は通過して、面接に呼ばれた。その前に健康診断受けて結果を提出する必要があったので、健康診断受診(7000円くらいやったはず)
面接は書類選考通過の1カ月後の12月。
4人のグループ面接で、若者もいれば奥様もいた。前半は日本語で志望動機とかこの国のイメージってどんな感じですか?みたいな話して終始和やかなんやけど、あーなんか私これ落ちるな。っていう感じがしてた。
このお役所臭のする人たちに選ばれるわけないなってばっちり空気読めてた←

後半は英語でインタビューで、突然、英語ネイティブらしき人がが「ハーイ!」って登場ww

その人、実質お題出すだけで日本人同士で英語で討論っていうスタイルで、内容何も覚えてないけど
はずかしかった←
内容のメモとってた気がするんやけど、日本に置いてきてるっぽい。帰ったらアップデートしようかな。っていうても、2015年のことやから今はまた違うはず。


2015年12月24日。不採用通知。チーン。

 

この時はもともと無理なとこ応募してるな。一人の枠とか無理やな。面接手応え全くなかったしな。って思ってたのと、そこまで思い入れもなかったから、割とすんなり受け入れられた。

期待しすぎないことが大切。

日本語パートナーズの取り組み自体は2020年までらしいので、まだまだチャンスあります。

年齢制限も幅広いし、お金ももらえるし、楽しそう!!

私ももう一回チャレンジしてみようかなw

*写真は8月にシンガポール行った時のランプ屋さん

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